場面緘黙症・うつを乗り越えて。30代からはじめる自由で幸せな生活への道

場面緘黙症だった頃。担任の先生。その1

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 私が場面緘黙症から抜け出すことができたのは、小学校二年生から四年生までの担任の先生のおかげです。小学校一年生のときは、場面緘黙症な上に、忘れ物もするし、授業中はいつも窓の外を眺めているような問題児でした。こんな調子だったので、二年生に上がる前に担任の先生から特別支援学校への転校をすすめられ、母はとてもショックを受けたそうです。

 いざ二年生に上がる時になると、担任の先生はこれまでのベテランの女の先生から、20代後半の女の先生に代わりました。新しい担任の先生は、子育てに悩む母に「特別支援学校へは行かなくても大丈夫。私に任せて!」と力強く言ったそうです。母は、私が外では一言も話せないこと、授業に参加しないことを心配していたので、とても心強く思ったそうです。

 二年生からの担任の先生は、明るくはつらつとした人で、体育の授業の時以外は、いつも長くてつやつやの黒い髪をおろしていました。教壇の横に置かれたオルガンを弾き時には、さらさらと揺れる髪が窓の光を反射してきらめき、一度も髪を伸ばしたころのなかった私は、密かに先生の長い髪に憧れていました。怒ると怖いけど、すぐに笑顔になってにこにこ笑いかけてくれる先生でした。一年生の頃にはクラスで苛められることもありましたが、二年生になると少しずつ周りが優しくなり、他のクラスの児童たちから守ってくれるようになりました。きっと先生が、私にそう接するように指導してくれたんだと思います。

 先生は、クラスの中で表彰の制度を作りました。「忘れ物がなかったで賞」とか「あいさつができたで賞」とか、そんな賞をたくさん作って、表彰された生徒は手作りの紙でできたメダルがもらえました。ピカピカの金色の紙がついたメダルがうらやましかったのを憶えています。私は、忘れ物も多かったし、声を出せないからあいさつもできなかったから。

 先生は褒めるのがとてもうまい先生でした。私は、今でもそうですが、やり始めると止まらないところがあります。寒い冬の日の掃除の時間、私は水飲み場の掃除をしていました。他のクラスメイトの男子たちはいつも掃除が終わって、廊下で遊び始めていました。しかし、私は、なぜかその時、掃除に熱中していました。気づくと廊下に先生がいて、遊んでいたクラスメイトたちを叱りつけました。そして、「ととは水が冷たいのを我慢して、手を真っ赤にして掃除をしているのに、どうしてあなたたちは遊んでいるの?」と問い詰めたのです。

 その男子たちは、いつもやっている掃除はすでに終わってしまったので、遊んでいたのです。しかし、私は水飲み場に図工の時間に使った絵の具がこびりついていたのを発見して、なぜか急に熱心に掃除を始めただけだったのでした。たまたま私が気まぐれに念入りに掃除をしたことで、男子たちは怒られたのですが、私には説明することができません。とても申し訳ない気持ちになったのを憶えています。男子たちがしぶしぶ掃除用具を取りに行くと、先生は私に「みんなが嫌がる仕事を率先して、こんなに一生懸命頑張るなんて偉いね」と言って誉めてくれました。日頃からぼーっとしている私は自分が誉められたことを理解するのに時間がかかりました。しばらくして、それに気が付くとじわじわとうれしい気持ちが湧きあがってきました。

 それ以降、私は掃除を一生懸命やるようになりました。そうすると、学期末の通知表には「ととさんは、皆が嫌がることを率先してします。誰よりも掃除を一生懸命やっています。」と書いてありました。母はすごくうれしそうに、何度も何度も通知表を眺めているのを見て、私はもっとうれしくなりました。

 冬の日の掃除の一件のように、先生は他の児童よりも私を心配して見守ってくれていたようです。私が苛められていないか、反論できないのをいいことに利用されていないか注意を払ってくれていました。そんな状態だったので、クラスメイトの中には、先生はひいきするから嫌いと言っている子もいました。場面緘黙症が治って、話せるようになったころに「ととちゃんは、ひいきしてもらってる方だからわからないよ」と言われ、それから何となく、先生を疎ましく嫌いだと思い込むようになりました。やっと話せるようになってできた友だちを失いたくなかったし、そろそろ思春期が近づいてきていたのかもしれません。

 それまで大好きだった先生を何となく遠ざけはじめたのは、私が場面緘黙症を脱して先生の元から自立しようとしていたのでしょうか。今となっては、どうしてそんな感情を持ち始めたのかわからなくなってしまいましたが、私は先生を信頼していたし、大好きだったのを憶えています。


場面緘黙症だった頃。担任の先生。その2
場面緘黙症だった頃。担任の先生。その3

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