それでも夜は明ける

場面緘黙症・うつを乗り越えて。30代からはじめる自由で幸せな生活への道

人生は魂の修行の場説。転職。


 人生は魂の修行の場である、とはよく聞く話。え、聞いたことないって?きっとそういう人もいるでしょう。しかし、スピリチュアルなことに興味のある方ならきっと聞いたことがあるはずです。

 私は、お二人の著書を読んだこともなく、少しだけスピリチュアルに興味を持っています。それは、私自身がちょっと不思議な体験を何度かしたり、目撃したことがあるからです。怖い体験はしたことがないですが、現在の科学では説明できないようないわゆる霊的な体験です。そのため、何らかの死後の世界は存在するのではないかと思っています。

 スピリチュアル好きにとっては、もはや当たり前である「人生は魂の修行の場」説ですが、私は、これを結構信じています。そして、人生の中で与えられた課題を乗り越えるべきタイミングがあり、それを人は「試練」と呼んだりしてきたのではないかと。私にとっては、今が人生で幾つか現れる試練の時ではないかと思っています。

 こんな記事を書いたのは、今日、とあるブログを読んだからです。そのブログには、転職というのは、魂の修行がある程度済んで、もう今の職場では学ぶべきことがありませんよ、となったときに、次の職場が用意されるのではないかという趣旨が書いてありました。もちろん、人によっては、新卒から定年までひとつの職場に勤めあげる人もいる訳ですから、すべての人に当てはまるわけではないでしょう。ただ、そのブログの主は、いざ転職するタイミングになった時に、なかなか決まらなかったかと思えば、とんとん拍子で次の職場が決まったりして、それは、やはり何らかの力が働いて、道を阻んだり、逆に進めたりされて、魂の修行にふさわしい職場へと導かれているのではないかと書いていたのです。

 これについては、なるほどと思いました。私の前の仕事が、職種自体は興味があったのですが、業界については自分には向いていないと思っていて、半分嫌々勤めはじめたからです。しかし、自分では向いていない場に置かれたことで苦労もしましたが、学ぶべきことも多く、大きな成長が得られました。

 前職は、私にとって初めての職場だったのですが、就職活動がうまくいっていない時期(というよりは、自信を失ってやる気のない時期)に、軽い気持ちで応募、そして、その後の面接、採用、初出社までが、あっという間に完了しました。良いご縁はとんとん拍子に進むとは言いますが、そういうことなのだと思います。前職について、私は自らが最も成長できる場へと不思議な力で導かれていたのかもしれません。

 今、私は無職で求職中なのですが、決まりかけた仕事がダメになったり、不運なことがありました。しかし、その決まりかけた仕事は私が次にめぐり合う魂の修行の場として相応しくない職場だったので、そこへ行く道を阻まれたのかもしれません。決まるときは、すんなり決まる。ご縁のある職場には必ずめぐり合うはず、そう思いながら就職活動をしています。

うつになったら、まず確認してほしいこと。


 人生設計はいつ狂うかわからない。人は未来を完璧に予想し、計画することなどできません。だから、万が一のために保険をかけて、将来の不測の事態に備える必要があるわけです。このことについて、少し考えなければいけない事態が、今、私に起きています。

 私は、年明けから春にかけてうつ状態になり、現在、心療内科に通院しています。実は医療保険が一年以内に満期を迎える予定になっています。代わりの医療保険に加入する必要があるわけですが、ここでひとつ問題が生じました。どうやら心療内科への通院歴は、完治後も5年間は医療保険や生命保険への加入の制限になるということです。

 まさに青天の霹靂です。この事実を知っていれば、通院する前に1週間でも1日でも待って、医療保険への加入をすべきでした。しかし、無知な私はそんな事実は知らず、何の気もなしに心療内科に予約を入れ、診察を受けたのです。

 心療内科に通い始めたころの私は、睡眠もほとんど取れず、ご飯もほとんど喉を通らない状態でしたし、まともな判断力も失っていました。そのため、症状が緩和した今、振り返っても、通院を始めたこと自体は後悔もしていませんし、心療内科のお世話になっていなければ、今頃、骨と皮だけの廃人になっていたかもしれません。ただ、医療保険に予め入っておくべきだったとは思います。

 つまり、私が言いたいのは、精神的に辛いとき、心療内科や精神科に頼ることは少しも悪いことではないですし、それで、最悪の事態を回避し、症状や人生が好転するのであれば、ぜひ診察を受けるべきです。ただ、もし心療内科や精神科に初めて通院するのであれば、そして、希死念慮が強いなど、その症状が一刻を争うほどのものでないのであれば、生命保険や医療保険の加入状況を確認してほしい、ということです。もし、うつやその他の精神疾患で悩んでいて、私と同じ状況にいる人がいれば、その人がこのページに辿りつき、不要な悩みをひとつ増やさなくていいようにと思い、この記事を書きました。

 さて、自分はどうしたものか。既往歴を制限しない保険商品なら大丈夫とのインターネットの情報も見つけましたので、もうちょっと調べてみたいと思います。私の周りには、パニック障害や軽度のうつの人がいたりして、精神的な病は割と日常的にかかるものだと思っているのですが、そうした人たちはこの問題をどう解決してるのかしら。ナイーブな問題なので、聞くに聞けずにいます。

仕事を通じてファンをつくるということ。


 今日は、お昼に心療内科へ行き、その帰りに銀行へ寄りました。お恥ずかしい話ですが、精神的に落ち込んでいたこの2ヶ月間、国民年金の振り込みを放置し、滞納していたのです。滞納分の2ヶ月と今月分を支払うために、銀行へ行ったのですが、窓口の女性の接客がなかなか素敵でした。

 何が素敵だったかというと、接客中に「今日は、日差しが強くて大変ですね~。」と声をかけてくれたことです。何だそれだけのこと、と思った方もいるかもしれません。でも、私にはその女性がすごくプロフェッショナルで素敵に思えたのです。

 私が整理券を片手に、ぼーっと待っている間も、彼女だけがテキパキと仕事をこなし、隣席の女性行員に指示をしたりしていました。いざ、私が呼ばれて振込手続きの用紙に記入している最中に「今日は日差しが強くて大変ですね~」と言われ、さらに帰り際に「暑いのでお気をつけてお帰りくださいね。」と言われ、私はちょっとだけ笑顔を返しました。たったこれだけ、5分もない時間なのですが、お昼過ぎのまったりした空気の中で、彼女だけが活き活きと輝いて見えたのです。

 何気ない一言や笑顔が、またこのお店に来ようかなと思わせてくれることがあります。そのお店の商品が良いわけではなく、その人がいるから買いに行くというような、そういう店員さんって、たまにいます。私には、このおばちゃんが、何人かいるそういう店員さんのひとりになりそうです。

 販売にしても営業にしても、そういうファンを作れる人ってやっぱりすごいと私は思うのです。そして、そういう人は輝いてみえる。きっと幸せとか、楽しいっていうオーラを発しているし、月並みな言葉ですが、一生懸命さが伝わるんだと思うんです。だから、ファンがつく。そして、売上がついてくる。今は、無職ですが、仕事が決まったら、そういう仕事ができる人になりたいな、と思ってます。

日記を書く。自分を見つめることの大切さ。


 前記事では、うつ病になった経緯を書きました。その後、4月になって通い始めた心療内科で抗うつ剤と睡眠薬(リフレックスとロゼレム)を処方され、症状は落ち着きました。はじめの2週間は、何も考えずに身体と精神を休めることにしました。もともと重度ではないためか、この2週間で症状は劇的に改善し、夜も眠れ、食欲もありすぎるほどに出てきました。しかし、心の中では、すぐに就職活動を再開しなければという思いがあり、治療開始後、3週間目に履歴書を送付し、4週目には面接も受けました。この面接がよくなかったのか、薬の効果が頭打ちになったのか、4月末には、また無気力で不安に襲われる日々がやってきました。それに伴い、食欲も落ち、手の震えや動機、発熱といった自律神経の症状も復活しました。

 自分でもこれ以上、薬に頼りたくないという気持ちが強く、また、心療内科の予約も2週間後だったため、自力で精神を改善させる方法を模索しました。ネットで検索したり、本を読んでみたりして探す中で、三行日記というものがよさそうだと思い、始めてみました。一行目にその日の嫌なことを、二行目にその日の良かったことを、三行目に翌日の目標を書くというものです。はじめの10日間は、さっぱりでした。しかし、2週間続けてみると、少しずつではありますが、症状が改善されてきました。途中から、三行日記に、「幸せだから、成功するの?引き寄せの法則について。」で書いた「引き寄せの法則」の未来日記やショーン・エイカー氏の提言する感謝日記の要素を付け加えたのもよかったのかもしれません。

 日記を書き始めて良かったのは、次の三つです。ひとつは、周りへの感謝の気持ちが生まれたということ。これは、三行日記の成果というよりも、引き寄せの法則と感謝日記のおかげです。でも、これが一番、心にプラスな影響を与えてくれました。ふたつめは、プラスの考え方のくせができ始めたこと。うつ状態で一人でいると、様々な負の考えが頭に浮かんできます。自分はダメ人間だとか、嫌われてるとか、ひどい時だと希死念慮が出てきます。しかし、三行日記では、悪いこと、嫌なことを書いた後に、必ず良いこと楽しいことを書きます。そうすると、自動的に、悪いことを打ち消すように良いことを思い浮かべることになります。そして、三つめは、自分本来の姿を見つめる機会ができたこと。嫌なこと、良いことは、自分がどう感じたかということが基準です。読み返してみると、考え方のくせだったり、何を大切に思っているのか、ということが少しずつ見えてきます。普段の生活の中で、他人との比較や世間体を考えてないがしろにしてきた部分が浮かび上がり、自分をもっと大切にしようという気持ちが沸き上がってきました。

 精神が好転してきたのは、日記を書き始めてちょうど二週間後です。でも、その二週間はひどい心理状態でした。人と話もしたくないし、テレビや車のエンジン音もうるさくて仕方がない、不安感から身の置き方がわからず、部屋をぐるぐる回ったりもしました。暗い部屋にこもったかと思えば、太陽の光を浴びたくなり、外に出て何時間もぼーっとしたりしました。そんな状態が二週間続いて、ある日、ふと心が軽くなりました。もちろん、その後も、気分の浮き沈みはありますし、今も不安感は残っていますが、ずっと症状がよくなったのです。私には日記を書くという方法が合っているようで、うつ病が良くなってからも続けようと思っています。うつになったそもそもの始まりは、食欲がなかったり、睡眠時間が短くなったり、変なテンションだったりといった小さな変化に、自分で気付けなかったからです。日記を書くことで、心身の微妙な変化に気づき、メンタルの不調を予防することも可能なのかなと思っています。

知らぬ間にうつ状態に。


 あれ、なんか落ち込み方が尋常じゃない、と気が付き始めてから、4ヶ月になります。今年の1月あたりから食欲が少しずつ落ち始め、夜も眠れなくなっていました。その時は、無職でずっと家にいたし、運動量が減っているから、食欲も落ちて、眠れなくなっても当たり前だと思っていました。それから、1ヶ月後には、食欲がまったくなくなり、夜も朝の3時ごろにやっとうとうとして、2~3時間でまた目が覚める、という感じでした。このころには、手足が震え、いてもたってもいられない不安感にさいなまれていました。体重がぐんぐん減り始めていましたが、仕事が決まればすべて解決すると思い、病院には行きませんでした。

 3月末に、内々定を2社からいただきました。A社に、来月から働かせていただきたい旨のお返事の電話をしました。そして、そのすぐ後、B社にお断りの返事のお電話をしました。今、思えば、A社での電話口での様子に違和感があったので、B社への返事を少し待つべきでした。数時間後、A社は、今どきそんなことで、という理由で内定を留保してきました。私は、友人や家族とも相談し、A社で働いても肩身が狭く辛い思いをするだけだからと、お断りすることにしました。せっかく内々定をいただいた2社ともを自ら蹴る形で、無職期間はさらに先延ばしとなりました。

 4月に入ると、気候はますます陽気になり、草花が芽吹いてきます。テレビでは、「新入社員が~」や「お花見が~」というニュースが流れ、自分の惨めさを増長させるようでした。季節が移り替わると、時間の流れを感じさせます。無職期間が長くなることによって心象が悪くなり、ますます内定をもらえなくなるのではという不安が募っていきました。手足は震え、動悸が止まらず、吐き気がして、不安やイライラや恐怖、形容できない種々様々な負の感情が沸き上がり、発狂するような気がしました。でも、そんな気力も体力も残されていなかったのです。もう限界でした。この世からそっと消え去りたい気分でした。私は、4月のはじめに心療内科に電話を入れ、通院を始めました。

 うつになった原因は何だったのか。転職に失敗してはいけないというプレッシャーだったのかもしれません。私には周りの期待に応えようとするところがあります。見栄っ張りでプライドが高くて、弱さを見せるのが怖い人間です。失敗を極度に恐れる完璧主義的傾向が、こうした結果を生んだのだと思います。そして、私は自分では怠け者だと思っていたのですが、働くことが好きだったということにも気が付きました。私は、働くことで社会に貢献しているということに自分の価値を見出していたのだと思います。だから、何もしていない今の自分が許せないのです。

 退職してからの数ヶ月、私は自分を追い込み、階段を全速力で駆け下りていることに気が付きませんでした。どこかで、立ち止まっていたら、こんな風になることもなかったのかな、とも思います。しかし、過ぎ去ったことを後悔しても仕方のないことです。今の状態になったことは必然であり、自分を見つめる時間を与えてもらったのだと考えています。